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日名ゼミ

複雑な歴史を背負ったドイツを詠う
詩人たちの言葉に耳を傾ける

独語研究(ドイツ文学購読)

准教授:日名 淳裕

文学を通して触れるドイツの近現代史

 「法学部で、こんなに外国語を取り入れている大学は、あまりないと思いますよ!」
昨年から講師陣に加わった日名先生は、感嘆している様子で切り出した。
1年生で学んだ上でのドイツ語を活用して、ドイツ文学、主に日名先生が研究してこられた近現代ドイツ文学を紐解いていく。中でもドイツ語の詩を教材として使って行われ、ドイツ人の思考、感情、生活、歴史などを背景に、表現するドイツ語を学ぶ。

 「とは言っても、いわゆる「独文」は斜陽産業ですから……」と、やや弱気の様子。愛するドイツ文学を理解しようという学生が少ないことが気がかりのようだ。
「サッカー・ワールカップがある時には増えるんですけど(笑)。サッカーはドイツ人の半分と揶揄されるほどですからね」。
4年に1度くらいはサッカーがテーマとなることがあるかもしれないが、これまでテーマとして取り組んできたことを挙げていただいたところ、「社会主義、世紀末ウィーン、第一次世界大戦、ナチズム、ホロコースト、東西ドイツ分裂などそれぞれのテキストがもつ歴史的・社会的背景の説明に力を入れています」
様々な側面を持つドイツ文学の中でも、ドイツならではの痛みを伴う横顔、と言っていい部分だろうか。「それゆえに優れた詩が生まれている」と、日名先生は語る。
例えば作品でいうと、ビュヒナー作「ヴォイツェック」、シュテファン・ツヴァイク作「昨日の世界」、ハントケ/ヴェンダース作「ベルリン天使の詩」(映像作品)、ニーチェ、フロイトの思想など。

 かつての思索にふけった時代の若者達であれば一度は手に取ったであろう名前も見られるが、今の時代ではどのように受け止められているのだろうか。興味深いところでもある。
「ドイツは、かつて『詩人と哲学者の国』と言われていたこともあるんです。テキストは文学作品が中心ですが,散文だけでなく詩や戯曲あるいは哲学書などからも取り上げています」
そもそも、日名先生がドイツ文学と出合い、入り込んでいったのは、京都で暮らした浪人時代だという。もともと理系だったところが、受験に失敗。挫折の身に染みたのが、書店で目に飛び込んできた「ツゥトゥラトストラはかく語りき」(ニーチェ)だった。その思想に救われた。そこから一転、文系へ。文学を志すこととなる。
「たまたまドイツ文学と出合ったという偶然を、力づくで必然に変えたんですね(笑)。自分にとって出会うべくして出会った、と。
実は後で知ったのですが、ニーチェは日本の大学ではドイツ文学で扱われることが多いのです。哲学というよりは思想として捉えられています。そこから、ニーチェの詩の世界にも惹かれるようになり、ドイツの詩人に興味が向いていったんです。そのあとはリルケ。そしてとても複雑な人生を歩んだツェラーン。彼はドイツの詩人の中でも最後のスターのような人です。ドイツ語を母語とするユダヤ人だった彼をはじめ、極限の人生を歩んだ人たちの言葉は、とりわけ心に響くんです」

 失敗=無駄ではない。むしろ、無駄にしない、失敗と認めない、と、自分の力で好転に換えた。日名先生は、自らの転換で道を切り開いてこられた。

積極的に関われば得るものは大きい

 「まだ、講師〜私ですが(笑)や授業の様子を伺っているようなところがあるみたいで、受講生は数名なんですよ」
新任の辛さでもあるが、まるでプライベートレッスンのようなので、やる気のある人にとってはまたとないチャンスだ。

 授業は、テキストや映像、画像などを利用し、そこから基本情報を日名先生が説明。その後,短く区切った文章を学生が輪読。内容を解説しながら、丁寧に読み込んでいく。
「書かれている情報を把握したら,それについてどう思うのか自分の言葉で表現してもらいます。またそれをほかの人の意見と比較したりします。文字だけだとイメージがつかみにくいことが多いので,画像,映像や音声を積極的に活用しています」

 一方的に授業を進めるのではなく、学生との対話を重視する日名先生にとっては、少人数制であることは、ある意味理想的。もちろん、もう少し増えても大丈夫、ではある。
「少人数なので学生の名前と顔が一致します。ですから,私の方から積極的に指名して授業の反応を探り,それを現在進行している授業に取り入れています。これまでのやってきた経験では、グループワークを課して,学生同士で意見交換をすることもあります。昔の文学作品のテーマを私たちにとって身近な問題に置き換えて議論しています」

 授業を見学させていただいたが、人数が少ない分、指名される回数は多く、確かに気を抜けない。しかし、余計な見栄も張らずに済む、といった空気。ちょっとした質問もしやすそうである。

 ところで、「ドイツ文学」と一口に言ってしまうが、実は、ドイツ語圏がどの範囲なのか、ご存知だろうか。
「実は、かつて、日の沈まない大国と言われたハプスブルク家の統治した地域全体と言っていいので、ヨーロッパのかなりの地域を占めるのです。ヒットラーの出身がどこだか、知っていますか。ドイツを引っ張って行きましたが、生まれ育ったのはオーストリア。国境の小さな村なんですよ」
現代に照らし合わせてみると、大きな面積を占めるドイツをはじめ、オーストリア、スイス、ルクセンブルク、北イタリア、アルザス・ロレーヌ地方、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア、スロベニアなど東欧の一部、それにアフリカのナミビア、南米パラグアイといった旧植民地や入植先が加わって、広範に渡っていますので、実に多様なんです」
ドイツ文学の奥深さ、広さに出合うことは世界を見ること、かもしれない。

メッセージ

授業を受ける心がけ
「異文化への好奇心を持ち,他者への想像力を働かせ,自らを疑うこと」